新型コロナウイルスの感染収束を予測する簡単なモデル    

                              荻野喜清

1.  はじめに

 我が国におけるコロナウイルスの感染は第2波に入り、今後の予断を許さない状況にあります。こうしたなかで、PCR検査などのウイルス感染者を見出す検査のあり方について見解が分かれているようです。その一つは政府と一部の専門家によるもので、感染者の重症化を防ぎ、回復させることこそが当面取るべき最重要課題である、という主張です。この立場の人たちの多くは、PCR 検査体制の拡充はむしろ二の次の問題と考えておられるようです。

 感染者の重症化を防ぐことは無論臨床的に重要でしょう。しかしPCR検査には コロナ禍を社会全体として収束させ、再発を防止するという疫学的な役割があります。この立場からすると、世界でも稀なほど貧困な我が国のPCR検査体制は早急に改善され、拡大充実されねばならないと考えられます。
 この小論で提案するモデルは疫学には門外漢である筆者 1)  が、この 問題に対する科学的な説明を見出したく思い、自分なりに考えたいわば素人によるモデルです。学術論文ではないので、従来の研究2) には 触れていません。その代わり誰にでも理解できるモデルです。

2. 基本的仮定とモデルの概要
 コロナウイルス感染検査(主としてPCR検査)は、1日に1回、n人の全市民3) から選 ば れ た 被 検 者 S 人 に対して行われるとします。
 被験者の選び方にはいろいろあるが、一つは全市民の 検査です。この場合、被検査者数(S)は市民人口(n)に等しく、検査によって見出された陽性者数 (Ri) は市内の全陽性者数(ri)に等しくなります。 したがって陽性率(ξ i) すな わ ち検出された陽性者 (Ri) の被検査者数(S)に対する割合は、市内全陽性者数(ri)の全市民人口(n)に対する割合に等しく、

                 ξ i =(Ri /S)×100
                   =(ri /n)×100 (%)        (1)

となります。下付き添え字 i はi 回目(i-1日後、初回はi=1)の検査という意味です。

 しかし市の人口が多い場合、限られた検査能力の下で、市内の複数地域から選ばれた被検者を対象に検査する場合が多いでしょう。しかしこの場合も、感染者の市中分布に大きな偏りがなく、被検者(S)を市内から万遍なく無作為にとれば、 (1)式は成立するでしょう。

 一方、感染者の分布に大きな偏りがある場合は、陽性者の隔離保護を効率的に行うために、感染率の高い地域から重点的に検査をすることが考えられます。ここでは問題を単純化して、先ず(1)式が成立する場合について考察します。重点的検査については後に触れます。

 コロナウイルスの感染に対する疫学的な対策として自粛と隔離があります。自粛には感染者からの感染を避けるために人が密集する場所へ行かない、マスク着用、手洗いなどの自主的な感染防御の他に、人が密集する大規模イベントの制限、高感染地域を周辺地域から遮断する、などの政府、自治体による規制も含まれます。一方、隔離は陽性検査によって見出された感染者を病院あるいは隔離施設に収容保護して、未感染者への感染を防止する対策です。

 先ず、自粛対策のみがとられた場合の感染の広がり方について考えます。
初回 ( i=1)の検査で一人の陽性者が発見されました(r=1)。この感染者から感染は周囲に広がります。

 翌日(i = 2)には感染者がα人に増えたとします。さらにその翌日 (i = 3)には感染者はα人のα倍、すなわちα人になるとします(図.1)。     

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   図1 自粛対策のみがとられたときの市中感染者の指数関数的増大

      赤丸:感染者、 白丸 : 未感染者

       1日目の感染者が1名、非隔離増殖率α=2の場合。

 

 このような場合、i 日目(i-1日後)の市 内の陽性者数は

                     ri= αi -1r1                      (2) 

によって与えられます。

 α>1のとき、陽性者は時間(日数)とともに増加しα<1ときは減少します。

α=1のときri は一定に保たれます。ri は i の指数関数ですから、α≠1のとき 陽性者数 は日数とともに急激に変化します。たとえば、α=1.1のとき rは 1 週間(i-1=7)毎 に倍増します。α=1.4 のときは、初回検査時に1人(r1=1)であった陽性者は一ケ月後には 2万4千人に増加します。

 (2)式が成立するとき、α はrとri-1 の比となり、

                          α=ri/ri-1                             (3)

で与えられます。αは感染者が1日の間に何倍に増えるか、という増殖率を表します。後述の隔離の場合と区別して、非隔離増殖率と呼ぶことにします。

 一方、市内陽性者数 rの1日当たりの増減 δ rは、前日の ri-1 名の陽性者からの新規感染者δ ri(新感)と、同じく前日からの新規回復者 δ ri(新回)および死亡者 δ ri(死)からなります。すなわち、1日当たりの感染者数の増減は                      

           δri = ri -ri-1

      =δri(新感)-{ δri(新回)+ δri(死)}                    (4)

と表されます。死者数が回復者数に比べて無視できるときは、  

                      δri  = ri -ri-1 

                             =δri(新感)-{ δri(新回)}             (5)    

となります。(5) 式の両辺を ri-1で割り、(3) 式を用いると

        α-1={δri(新感)- δri(新回)}/ ri-1              (6)

となります。

   δri(新感)>δri(新回)のときはα>1となり、δri(新感)<δri(新回)のときはα<1となります。

新規感染率(δri(新感)/ ri-1) はウイルス本来の感染力、種々の自粛対策や生活習慣等に依存して変化します。新規回復率(δri(新回)/ ri-1) はウイルス本来の性質や種々の環境条件の他に、効果的な治療薬の使用などによって変化するでしょう。 (2)式の両辺の対数をとると、

                                             ln ri = (i-1) lnα + ln r1                            (7)

の関係が得られます。また、陽性率(ξ i)を用いると、(1)式と(7)式から  

                           lnξ i= ln ri + ln(100/n)

                                                      =(i-1)lnα+ln ξ1                                   (8)

の関係が成立します。 

 (8)式から明らかなように、ln ξ i と( i-1)の間に直線関係が成立するとき、その勾配から非隔離増殖率 α を求めることができます。

 感染の増加あるいは収束の全過程においてα が一定に保たれる保証はないでしょう。様々な自粛効果は時とともに変化するでしょうし、ウイルスそのものの感染力もたとえば気温によって変化するかもしれません。また、α は 回復率や死亡率にも依存します。

 しかしここでは、人口に比べて感染者の数が比較的少ないときは、α を一定とみなすことができると仮定します。その根拠は、4節に示すように、実際の測定値においてln ξ i と(i-1)の間に直線関係が認められることにあります。

  つぎに、隔離がある場合を考えます。被検者は市内複数個所から選びます。先の場合と異なり、検査毎に発見された陽性者を検査後直ちに病院その他の施設に収容し保護隔離します(図2)。

             

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               図2 隔離検査の模式図  I. 市内複数個所(小円内)から被験者合計

    S名を選び、II. 見つかったRi 名の陽性者(小円内赤丸)を隔離保護する。

              検査時市内全陽性者(r i)=隔離直後の市内残存陽性者(ri)+ 隔離

    陽性者(R i

 

 図2に示した隔離検査における市内陽性者数(ri)の変化を図3にグラフにまとめて描きました。市内陽性者がr1名のときからPCR隔離検査を始めたとします。そのとき見つかった陽性者R1名を隔離すると、市内に残存する陽性者数は                                 

                                                   r1= r1-R                    (9)               

となります。

 同様にして一般にi日目(i-1日後)の検査において、陽性者を隔離した後の市内感染者数(ri)は

                ri= ri-Ri                              (10)

となります。

 (1)式の関係が成式り立つ場合は

                     Ri/S= ri/ni                       (11)

となります。 (1)式の場合と異なり, 隔離検査の場合、市民人口は全市民人口から隔離者を除いたi日目の人口(ni)になります。しかし、通常隔離者数(∑Ri)は全市民人口に比べずっと少ないので

                ni = n-∑Ri ≒n               (12)

の近似が成立します。                         

 

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    図3.隔離検査における市内陽性者数ri の時間(日数i)による変化

    (A)感染過程(β>1)、(B)収束過程(β<1) 

    r( i = 1,2,3,…)は i 回目の検査における市内陽性者数、ri は i 回目の検

      査において見出された陽性者(Ri)を隔離した直後に市内に残存する陽

    性者数。

    

  (11),(12)式から陽性率は

            

          ξi =( Ri/S)×100 =( ri/n)×100  (%)               (13)

 

で与えられます。

 一方図3において、ri-1 からriへの変化率は非隔離増殖率αに等しいとおけるので、  

                         ri=αri-1                    (14)

となります。そこで、(14)式と

                ri-1’ =ri-1-Ri-1                 (15)

の関係からri-1 を消去し、 (11)式から  ni-1≒n とおいて得られる               

                  Ri-1 = S(ri-1/n)                 (16)

の関係を用いると、        

               ri/ ri-1 =α(1-S/n)               (17)         

となります。右辺は定数ですから、

             ri/ ri-1 =α(1-S/n) =β               (18)

とおきます。 (18)式によって定義される定数 β を隔離増殖率と呼ぶことにします。(13)式と(16)式からβは

              β=ξ i  i-1= ri/ ri-1                        (19)             

と表されます。

 (19)式が成立するとき、riとξ はそれぞれ、

                                               ri = βi-1r1                    (20)

および

                                              ξ i i-1ξ1                                                                   (21)

となります。両辺の対数をとると、

                                           ln ri = (i -1) lnβ+ ln r1                                              (22)

および

                            lnξ i = (i-1) ln β + lnξ1                               (23)

となります。これらの式は非隔離検査のときの(7)(8)式と、α と β が 入れ替わっただけで、同じ形です。

  非隔離検査の場合と同じく、ln ξ i と(i-1)は直線関係にあり、その勾配から隔離増殖率βが求められます。

 つぎに、 感染あるいは収束の速度をdr/dtによって定義すると、非隔離検査と隔離検査の場合、それぞれ (7)式と (22)式から、

              (dr/dt)非隔離  = ri lnα                  (24)

 および

              (dri /dt)隔離     = ri lnβ          (25)

となります。

 

 

3.コロナウイルスの感染過程を支配する三つの要因

(8)式および(23)式からコロナウイルスの感染収束過程は、三つの要因によって支配されることがわかります。その一つは非隔離増殖率(α)です。αはウイルス本来の感染力の他に種々の自粛対策や感染者の治療効果によって変化します。ウイルス感染後、隔離検査をしなければ(7)式にしたがって感染者は指数関数的に増加(α>1)あるいは減少(α<1)します。 第2の要因は隔離効果です。隔離検査においては、感染者が隔離保護されるため、感染者は(23)式にしたがって指数関数的に増加(β>1)あるいは減少(β<1)します。 (18)式からβ<αの関係にあるので、非隔離検査にくらべ感染速度はより遅く、収束速度はより速くなります。第3の 要因は 早期に陽性者を発見し対策とることによる効果です。(8)式および (23)式の右辺第2項 ln ξの ξ1は初回検査時の陽性率です。ξ1が低い感染の初期段階から自粛なり隔離なりの対策を講ずれば、完全収束までの時間は大きく短縮されます。

 そこでつぎに、三効果の大きさと特徴を上記のモデルに基づいて比較検討します。

(i)自粛および早期対策効果

 図4に、幾つかの α 値についてξ1=1%(lnξ1=0)のときの ln ξと (i-1) の関係 を描きました。α が1より大きいときは、陽性率は時間とともに指数関数的に増加します。よく言われる1週間毎に陽性者が倍増するのは、α=1.1のときです。

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               図4 非隔離検査における対数陽性率(lnξi)と経過日数(i -1)

         の関係。 α=0.8~1.2 のときの(8)式を用いた計算例。

 

(2)式より、初回検査時(i=1)と1週間後(i-1=7)における市内陽性者数(あるいは陽性率)の比, すなわち 一週間増殖率は

 

               r/r1= ξ8=α7            (26)

                

となります。 

                                                     

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    図5 1週間増殖率(r8/r1)と非隔離増殖率(α)の関係

      (α>1のとき)

 

図5に示したように、1週間増殖率は非隔離増殖率αに強く依存します。たとえばα=1.1のとき、陽性者は一週間毎に倍増しますが、α=1.26になると、1週間毎に5倍に増加します。初回検査時の陽性者が1名であったとすると、4週間後にはα=1.1のとき24=16名、α=1.26のときは54=625名に増加します。

   自粛対策により、α<1になると、陽性率は経過時間とともに低下します(図4)。たとえば、α=0.9のとき、110日後には ξi=10-5 %(lnξi=-11.51)に収束します。αが小さいほど、感染が収束するまでの時間は短くなります。

 感染のより早期から自粛対策をとれば収束時間は大幅に短縮されます。たとえばα=0.9の場合、ξi=0.018 %(lnξi=-4)から自粛対策をとれば、ξi=10-5 %(lnξi=-11.51)

まで70日で収束します(図4赤線)。α=0.8の場合には自粛と早期対策により、収束時間は約35日に短縮されます(図4赤鎖線)。 しかし後述のよう第1波感染時の経過からみると、都府県単位でα<0.9にすることは実際上かなり困難に思われます。

(ii)隔離効果

 隔離検査を行ったときの対数陽性率(lnξi)と経過日数(i-1)の関係は、非隔離増殖率(α)、検査率、すなわち検査人数の人口に対する比率(S/n)、および初回検査時の対数陽性率(lnξi)を与えれば、(18)式および(23)式を用いて計算するこができます。

 隔離効果の指標となる隔離増殖率と非隔離増殖率の比β/αは、(18)式より

               β/α=1-(S/n)         (27)

となります。図6にβ/αとS/nの関係を示しました。

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                            図6 隔離非隔離増殖比(β/α)と 検査率(S/n)

        の関係(27式)

 

 図7に初回検査における陽性率がξ1=1%(lnξ1=0)のときの、対数陽性率と経過日数の関係を示しました。直線1(緑鎖線)はα=0.9のときの非隔離直線です。

      

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                  図7 隔離検査における対数陽性率(lnξ i)と経過日数(i -1)

     の関係。直線に付記したαとS/nのときの関係を(27)式と(23)式

     を用いて計算。

 

 我が国においてはPCR検査数の人口に対する割合が世界でも稀なほど低く(世界で153位)、たとえば東京都におけるS/nは10-4のオーダーの大きさです。この程度の検査ではβ/αはほとんど1に等しく、隔離効果は全く望めません。このような場合はα≒βとなります。

  α=0.9の状態で検査数を増やすと、隔離効果により増殖率(β)は低下します。

すなわち、S/n=0. 2(直線2) および 0.6 (直線3)のとき、隔離増殖率は(27)式から、それぞれ、β=0.72および 0.36になります。その結果、感染収束までの日数は大幅に短縮されます。(i)で述べたように、α=0.9のとき, ξi=10 ―5  % (107人に一人)まで収束するのに約110 日かかりました。それに対し、S/n=0.2 および 0.6の隔離検査を行うと、収束日数はそれぞれ36日、および11日に短縮されます(直線2,3)。

一方直線4(青鎖線)はα=1.2 のときの非隔離直線です。隔離検査を行うとβは低下します。S/n=0.1 (直線5)のとき、β=1.1になります。さらにS/n =0.17(直線6)になるとβ=1となります。この状態では、α(>1)による陽性率の増加傾向と隔離による低下傾向が釣り合い、陽性率は一定に保たれます。S/n=0.5 (直線7)では α=1.2でもβ=0.6になり感染は収束に向かいます。

  このようにα>1の場合、隔離検査によって感染を収束に向かわせるためには検査率(S/n)がある臨界値以上でなければなりません。この臨界値は(27)式を用いて次式から求められます。          

           β=α{1-(S/n)}=1        (28)

                 

図8に S/n 臨界値と α の関係を示しました。         

 このように、自粛対策をとらないか、あるいは不十分で α>1 の状態にあっても、検査率(S/n)が臨界値以上であれば隔離効果によって感染を収束させることができます。ただしこの場合は、自粛対策を伴う場合に比べ、隔離者数が多くなります。

                  

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      図8 非隔離増殖率αと隔離増殖率がβ=1になるS/n臨界値 

      の関係。     

 

 自粛対策によってα<1に保った上で隔離検査をすればより低い検査率で収束させることができます。さらに感染初期から対策をとれば極めて短い日数で収束させることができます。たとえば直線8(図7赤線)に示したように、他の条件は直線3と同じでも自粛と隔離検査をξ1=9×10-4 %(lnξ1=-7)の感染初期から行えば、4 日ほどでξi=10―5 % に収束します。感染初期から隔離検査を行えば、隔離者数が減少するので隔離者の収容も容易になります。

先にも述べたように、ξ1=1 %, α=0.9の非隔離検査のみでは収束までに110日を要したことからみると、自粛と隔離および早期対策の効果は非常に大きいことが分かります。

 隔離検査のまとめとして図9に隔離検査における収束挙動を模式的に描きました。図に示したように、ウイルス感染後、何の対策もなしに、あるいは不十分な自粛のみで放置すると陽性率は非隔離増殖率α1 (>1)をもって指数関数的に増加します。ある陽性率ξ1において隔離検査を開始します(赤線)。以後の陽性率の変化は隔離検査の検査率(S/n)の大きさによって三つに分かれます。検査率が臨界検査率以下のときは(β>1)、陽性率の増加を防ぐことはできません。

検査率が臨界値のときは(β=1)、陽性率はξ1に高止まりしたままで変化しません。検査率を臨界値以上にとると(β3 <1)、陽性率は低下し収束に向かいます。検査率をさらに大きくとると(β<β3)、陽性率は急速に収束に向かいます。

       

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         図9 隔離検査における感染収束挙動の模式図     

 

 隔離検査を陽性率がより高いξの状態から開始したときも、変化の状況は収束日数の増加を除けば、さきの場合とまったく同じです。すなわち、さきの場合と同じ臨界検査率(たとえばα=1.2のときS/n =0.17)で陽性率はξに高止まりします。検査率が臨界値以上あるいは以下の値をとるときも、そのときの S/n がさきの場合と同じならばβも同じ値になります。直線の勾配を決めるβは ξとは無関係にαと S/n によって決まるからです((27)式))。

4. 我が国における感染例

 図10a~d に東京都、埼玉県、神奈川県、大阪府における第1波コロナウイルスの感染経過を対数陽性率と経過日数の関係で示しました。陽性率は厚生省および各自治体公表の7日移動平均値から、さらにそれらの5日間平均値を計算しプロットしました4)

 また、図11a~c に、東京都、大阪府、および東京都世田谷区における第2波感染の経過を分かる範囲で示しました。
                               

 

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図10をみると、これら4都府県の第1波コロナウイルス感染過程には共通した傾向が認められます。すなわち、

1.4月14~16日のピークを過ぎて後、対数陽性率は経過日数とともにほぼ直線的に低下している。直線的低下の期間は、東京、大阪、埼玉、神奈川において、それぞれ約27日、35日、40日、50日とかなり長い。同様の直線的変化の傾向はピークまでの陽性率増加過程においてもみられる。

2.  4都府県ともに、対数陽性率のピークが4月14~16日に出現している。このピークが4月7日に政府から発令された7都府県に対する緊急事態宣言によるものであることは明らかであろう。

3. 陽性率の低下過程における非隔離増殖率αは東京、埼玉、神奈川、大阪において、それぞれ0.90, 0.91, 0.95, 0.89 で、0.9付近の値をとる。

 さきに述べたように、我が国におけるPCR検査数は極めて少ない。そのため隔離検査ではあるが隔離効果は無視されます。したがって、ピーク時以降の陽性率低下は、緊急事態宣言による自粛作用補1)によるものであって、直線の勾配から求められる増殖率は実質的に非隔離増殖率とみなされます。

 周知のように我が国におけるPCR検査は限られた検査能力の下で、クラスタ-や症状が比較的重い感染者との濃厚接触者 などを対象に 選択的に行われてきました。そ のため、少ない検査数の検査によって得られた陽性率は全市民の平均的な陽性率を表していないのではないか、という疑問が生じます。

 しかしながら、上述のように異なる都府県において類似した感染経過が認められ、その上、上昇過程、低下過程において一定の期間、対数陽性率と経過日数の間に直線関係が存在します。その間非隔離増殖率 α はほぼ一定に保たれます。このことは近似的にではあれ(8)式の関係 が 成立していることを意味します。これらの事実から判断して、公表されている陽性率はかなりよく市民全体の感染傾向を反映しているといえます。 

 したがって検査陽性率を減少させる方策を講ずれば、それに応じて市民全体の陽性率も減少すると考えられます。以下具体的に検討してみます。

4都府県のうち、東京都を例にとります。感染の収束目標をξi =10-3%(ln10-3=-6.9 ; 10万人当たり1名の市中感染者)とすると、ピーク時陽性率30 % (ln30=3.4)から10-3%まで収束するに要する日数は、α=0.9 ( ln α=-0.105 )とすると、(8)式から     

                             i-1= (lnξi-lnξ1)/lnα=(6.9+3.4)/0.105 =98  

すなわち、98日になります。しかし実際には、4月7日の緊急事態宣言発令後48日

(5月6日の解除予定が30日まで延期), 必要日数の丁度半分で解除されました。 その結果解除の時点で約1.0 %の市中感染者が残存しました。予想されるように、解 除 後 陽性率はほとんど間をおかずに上昇に転じ、感染第2波を引き起こす結果となりました。

 より早く収束させる策はなかったでしょうか?  一 つ は 早い 段 階 からの自粛対策です。たとえば、ξ1=0.1 % の時点から α=0.9 の 自 粛 対 策を とれ ば、4 4 日後には ξ = 10-3% まで 収束させることができます。10-3% への収束は十分と は 言 え ないが、第2波の発生をかなり遅らせることはできたでしょう。

  また、もし1日当たり検査数を280万人に増やし、検査率S/n=0.2の隔離検査を行えば、隔離増殖率はβ=0.72に低下します(図6)。その結果、ξ1=0.1% からξ=10-3% までの収束は僅か14日間で達せられます。1日当たり検査数280万人のPCR検査は東京都の現実(~4千人/日)からみると、あり得ないと思えますが、欧米先進国ではすでに行われていることです。たとえば英国では100万人当たり21万3千人/日の検査が行われていますが、これは東京都の人口に換算すると297万人/日になります。

 とは言え、我が国において、このような大量検査は少なくともすぐには無理でしょう。そこで考えられるのが地域限定型の重点的検査です。

 図11  に示した第2波コロナ感染のうち、c図の東京都世田谷区を例にとります。世田谷区は人口約92万人で、23区のうち最大の区です。第2波の感染率は高く、現在(8/11)すでに陽性率は20%に達しています(図11 c)。この状態から第一波同様の自粛対策をとっても、ξ1=20 % からξ=10-3% まで収束するのに94日間を要します。

そこで見方を変え、感染率の地域差に着目します。全体平均で20%の陽性率といっても、陽性率には地域差があるでしょう。東京都全体では、新宿区において33 %の陽性率が報じられたことがありました。いま仮に、世田谷区においても陽性率が30 %という特に高い地域があり、感染震源地(エピセンター)となって周 辺 地域に感 染を 広げている、とします。そこでこのエピセンターを中心に、それを取り囲む人口2万人の地域を限定して重点検査地域とします。世田谷区のPCR検査能力を集中的に動員して、1万人/日の隔離検査を行うとします。被検者は重症者に限ることなく、無症状者あるいは軽症者を含めた広い範囲から選びます。自粛努力も同時に行い、非 隔離増殖率をα=0.9に保つと、隔離増殖率はβ=0.9×0.5=0.45となります。その結果 ξ1=30 %からξi=10-3% まで収束するに要する日数は 

                i-1= (lnξi-lnξ1)/lnβ=(6.9+3.4)/0.8 =12.8

となり、2週間ほどで収束します。 

 なおまた、S/n=0.5の検査率は臨界検査率 (図8) を大きく超えているので、自粛対策を取らずに、普段の生活を維持したまま感染を収束させることもできます。すなわちそのとき、α=1.03 (図11,c)にとると、β=1.03×0.5=0.51となり、ξ=10-3%への収束日数は約 15日になります。もちろんこの場合は、住民の経済的損失を考える必要が無くなります。さらに検査率をS/n=0.8に増やせば、β=1.03×0.2=0.206となり、収 束 日 数は約1週間に短縮されます。

 世田谷区内の感染分布の具体的調査なしに結論的には言えませんが、このような重点的検査を逐次行えば、感染が進んだ現在でもなお感染を比較的早く収束させることが出来そうに思えます。ただしそのためには、検 査 率 の大 幅な拡大が必要です。同時にまた、陽性者を隔離し回復させるための医療施設の充実が必要になります。

 幸いなことに、世田谷区においては、保坂区長の主導により、全国にさきがけて感染の早期終結を目指したPCR検査率の拡大が図られる、と報じられています。またその指導に当たられる児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター名誉教授)はエピセンターを中心とした地域の重点的なPCR隔離検査の重要性を指摘しておられます。今後の成果が期待されます。

5.おわりに

 以上の論考を結論的にまとめると、新型コロナウイルスの早期収束のための対策として重要なことは、自粛対策とともに、十分に高い検査率で隔離PCR検査を行うこと、これらの対策を感染のできるだけ早い段階でとること、また限られた検 査 能 力のもとでは、とくに高い感染率の地域をできるだけ広く選び、無症状者および軽症者を含めて重点的に検査すること、などです。

   このうちでも感染初期において、高い検査率で隔離検査を行うことは特に重要です。そうすれば陽性者の隔離保護が容易になりますし、自粛対策をとらなくてもきわめて早期に、市民の経済的損失なしに感染を収束させることができます。

 PCR検査の思い切った拡充は、コロナ禍の収束と今後の再発防止のために早急に取られるべき対策と考えられます。世界的にもこのことは認識されているようで、たとえば、かって米国のエピセンターといわれたニューヨーク州は毎日7万人の検査を実施することにより、危機を脱し感染率を1%以下に抑えることに成功しています。ドイツにおいても、バイエルン州(人口1300万)では、誰でも、いつでも、何回でも、検査がうけ

られるようにPCR検査の拡充が進められている、と報じられています。

 一方我が国においては、政府も最近ようやくPCR検査拡充の必要性を認めはじめてはいるようですが、いまだ自治体任せで、政府として主導的に抜本的対策をとるにはいたっていません。

 今回のコロナ禍は、単に一伝染病の問題にとどまらず、人類による自然破壊に対する警告として、またすべてを自己責任として社会保障に対する公の役割を軽視してきた、いわゆる新自由主義の破綻を示すものとして受け止めるべきだ、との指摘もなされています。今回のコロナ禍に対する対策は一部の専門家のみならず、広く一般国民によって議論さるべき問題であると考えます。

 

謝辞

 この小論をまとめるに当たり、原稿の通読、疑問点のご指摘を給わり、また終始関心をもって励まして下さった真鍋惇氏(宇部高専名誉教授)、西川栄一氏(神戸商船大学名誉教授)、新田保次氏(大阪大学名誉教授)のお三方に厚く御礼申し上げます。

 

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注釈

1) 筆者(姫路工業大学名誉教授)は材料科学の研究教育に携わってきた者で、疫学分野はまったくの素人です。

2)新型コロナウイルスに関する最近の疫学的研究として、

(1)小田垣孝、新型コロナウイルスの蔓延に関する一考察、物性研究•電子

版、Vol, No.2(2020),

(2) 小野京右•菊池勝昭、新型コロナウイルス流行に関する解析と抑圧対策

について、日本機械学会 https://www.or.jp/activity-to-covid 19/20200810/

があります。

これらの論文ではいずれも、隔離PCR検査を拡充することの重要性が指摘されていますが、筆者(荻野)のモデルとは論理構成が異なり、筆者にはまだよく理解できていません。

3)市民は都市、市、町村、企業、病院等大小の集団の構成員を指します。

 4)  大阪府については府発表の日毎検査者数および陽性者数から、陽性率の7日間移動平均値とさらにその5日平均値を算出し、プロットしました。

 

補足

1)第1波感染において、対数陽性率の上昇から下降への移行は、自粛作用によって1日当たりの感染者数δri が正から負に転じた結果生じました。

死者数が回復者数に比べて無視できるとすると、δriは(5)式によって与えられますが、緊急事態宣言によって新規回復者数(δri(新回))が急増するとは考え難いでしょう。そこで、新規回復率(δri(新回)/ri-1)は対数陽性率曲線のピーク前後で一定に保たれると仮定します。そこで、(6)式から

     α(上昇)-1= {δri(上昇,新感)-δri(新回)}/ ri-1    (A.1)

     α(下降)-1= {δri(下降,新感)-δri(新回)}/ ri-1    (A.2)

とおくと、(A.1)-(A.2)より、

            α(上昇)-α(下降)=Δri/ ri-1               (A.3)

     (ただし、Δri =δri(上昇,新感)-δri(下降,新感))

となります。“上昇”、“下降” はそれぞれピーク前と後の過程を意味します。

図10から求めたα値から、新規感染率のピーク前後の差(Δri/ ri-1) を求め、下表に示しました。

 

       東京都       埼玉県     神奈川県       大阪府

    α(上昇)  1.08   1.04    1.04    1.04

         α(下降)        0.90           0.91            0.96            0.89

        Δri/ ri-1         0.18           0.13            0.08            0.15

 

新規感染率の差は東京都の場合が最も大きく、18%です。自粛対策によって新規感染率が18%低下したことを意味します。ついで、大阪( 15%) 埼玉(13%),神奈川( 8%)の順に小さくなります。

 同様の計算を第2波(図11)についても行うと、

           東京都  大阪府  世田谷区

         α(上昇)  1.06            1.07             1.03

         α(下降)       0.95            0.97             0.98

      Δri/ ri-1        0.11            0.10     0.05

 

となり、新規感染率の低下割合が第1波より低くなります。これは、自粛努力が第1波におけるより少ないことの結果と考えます。